田沼意次が収賄を日常的に行った政治家であれば、裕福であったはずですが、没後に松平定信らによって没収された財産について「塵一つでない」と評されたことからも政敵の流したデマに過ぎないと言えます。
1784年には息子の意知が江戸城内にて暗殺され、悲惨な晩年を迎えますが、彼の採った重商主義的な政策は先進的なもので、今日の【リフレーション政策】と似ています。
財務省の【増税政策】は謂わば、限られたパイの取り分(税率)を増やそうというものです。
それに対してパイの大きさを大きくすれば、取り分が同じでも食べるパイの量が大きくなるという考え方も有ります。
続きは次項で。
< |
> |
|||||
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |