井戸正明
彼は1731年大森(現在の島根県大田市)の代官となりました。
翌1732年の【享保の大飢饉】に際して
幕府の許可を得る前に
【年貢の減免】【年貢米の放出】【公金の投入】等の対策を行いました。
「領民を救う為私財をもなげうった」と言いますから、
「私腹を肥やす悪代官」のステレオタイプなイメージとは真逆の、
清廉潔白さ、領民に対する愛情の深い人物と言えます。
更に【救荒作物】としてのさつまいもを広め、多くの領民を救いました。
領民たちから「芋代官」「芋殿様」と称えられ、今日もなお彼を祀る【井戸神社】が有ります。
彼は可能な限り全ての対策を行って、1733年死去します。
死因については
過労による病死という説と独断による飢饉対策の責任を取って切腹した説があるようです。
続きは次項で。
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